いつかのバルスの日まで

言いたいだけです。

大切なことはいつも後になって気付く

大切なことはいつも後になって気付く、とか言い出しちゃう奴は、最終的には気付いてます的なアピールをすると同時に、気付いたけど結局どうしようもないというナルシズムに似た無力感を醸し出すだけで、結局その後も大切なことは見逃し続けるしたいして反省もしてないから気を付けろ。 

双子座の宿命

余計なことが頭の中でわぁーっと湧いてきて、脳内でテンパるんだけど、それを冷静に客観視できる自分もいる。
でもわぁーっとなってるから冷静にはなれない。ただ、客観視してる自分の視線を感じてはいるから、どうすればよいか答えだけなんとか目の前に提示される。その答えをなんとか実行に移す。状況がいくらか改善される。少なくともモノゴトは進む。
それに安堵して落ち着く。冷静な自分が急にあれこれ言い出す。じゃあ次はこうしろ。次はこうすればいい、と。
でも安堵してるからまぁいいじゃないか、となる。でも、指示されたことについて吟味はしている。
実際に行動するかどうかはコンディションと気分しだい。
だから僕はモノゴトを深く考えて注意深く行動しているし、それと同時に気分屋でその場凌ぎ的にも行動している。

夢の忘却と僕というシステム

今までの夢に対する目標やルールは今…。

自然消滅、蒸発してしまった。

だいたいの建設的な未来に対する夢は、忘却というかたちで幕を閉じる。

そして間もなく誰か、あるいは何かに電流を流されてまた新たな夢、目標を設定する。そして忘却。

現実的な諸問題に対処しつつ「夢遊び」に興じる。

夢、目標は先送りにされる。

システムが完成しているから何も手を加えなければそのまま現実的な対処に没頭して死ぬ。もちろんそこに何かしらの意味を見出して(あるいはこじつけて)幸せに死ぬだろう。そこまで設計されている。そうでないとクレームがやまないし。

システムを円滑に回すために夢は必要であり、リスクでもある。

だから与え、そして奪う。

誰かの陰謀か?

残念ながらそうじゃない。首謀者を強いて挙げるなら他ならぬ僕だ。

僕の経験から妥協的に構築された、しかしながら最適化されたシステム。

ずっとそうしてきた。

いろいろな"現実的な"可能性があったのにシャットダウンしてシステムを守った。

でもそれにこだわる理由がなんだか知っているか?

めんどくさい、怖い。

それだけ。

一次的、単純、何の奥行きもない、脳のある部位の電流の流れがこれまでの僕というシステムをかたちづくり、今もなお強固なものにしている。

どこかで壊したいな。